ご無沙汰しております

こんばんは、おはようございます、こんにちは。
大変ご無沙汰しておりました。

まずはなにより、宣言通りにサイトの更新が出来なかったこと、一部の小説をピクシブに移動させるのが精いっぱいの体たらくでありましたことを伝えにきました。サイトの更新は、7月中にできたら、と思っておりましたが、まだまだ時間がかかりそうです。またサイトを作って10年と思っておりましたが、正しくは9年でありました。その記念日にも、そしてMOTHER元祖の誕生日にも、なにも祝うことができなかったとは…。


いま、この記事を書く気持ちになったのには、昨日行きつけの毛糸屋に行く途中で目にしたある広告に、悔しいような、虫唾が走るような思いをしたからです。そして7月にサイト更新の作業もままならなくなったのにはその広告に触発される、気持ちのもやもやがあったためです。

以降は追記で書きます…。



Twitterでも一度つぶやきましたが、7月に入ってすぐ、何年も前から通っている心療内科のカウンセリングでトラウマを植え付けられるという残念なことがありました。Twitterでもこちらでもつぶやいたり書いたりしたことはないと記憶しておりますが、私は大学を出たころとある方の言葉に傷ついてしまい、その傷を治すためと、その方への自分の憤りをなんとか克服したい一心で、その心療内科に通っていました。

何度かセカンドオピニオンや転院を検討する機会がありましたが、結局私の気持ちは満たされないまま、5年ほどその病院に通い続けました。(この間に書いた創作は、『トラウマライゼ』を含めて、当時の自身の闘病がかなり絡んできているように思います)

最終的に私の気持ちを癒して、ある方への許しがたい感情も穏やかに沈めて、わだかまりもしこりもなく和解の気持ちへと導いてくれたのは、カウンセラーではなく、私が敬愛し続けているオペラ歌手でした。

具体的に彼からどのような「治療」を受けたのかは自分のうちにとどめておきたくて、ことのすべてを詳しく説明はしませんでしたが、彼のおかげで自分は大分気持ちも安らいで、ある方も許そうという気持ちになれた、ということを、私は6月の間にカウンセラーに伝えました。5年間の鎖が急に外れるはずがないと先生は思ったのでしょう、私はカウンセラーから「本当に許してよいのか」「まだ時期尚早ではないか」「やめておいたほうがよいと思う」と何度も忠告を受けました。

7月になってひょんなことで私がある方への愚痴をカウンセラーにこぼすと、カウンセラーは「そらごらん、なんでその人を許しちゃったの!」と、鬼の首を取ったように、言わんこっちゃないとでも言わんばかりに言い放ちました。自分があれだけ止めたのにどうしてそんな愚かしいことをしたのか、とでも言わんばかりに。

私は、私の気持ちをなだめてくれたオペラ歌手のことまでいっしょくたになじられ、嘲笑されたように錯覚し、茫然自失となりました。

そして茫然としたまま、精神安定剤を飲んで翌日出勤しましたが、完全に頭が朦朧としていておよそ1時間でトラブルを起こし、心配してくれた先輩たちにとても精神安定剤のせいで…とは言えず、誰ともいわず、私が架空の身内に「不幸があって」というと、今日はもう帰って休みなさい、と言ってもらえました。一日安静にして落ち着いたら戻っておいで、というような気遣いの言葉でした…。しかし、それでも気が動転し、仕事が出来なくなったと急いで病院に電話連絡をしました。

しかし、主治医は「とりあえず家に帰って薬を飲みなさい」の一点張り、カウンセラーは席を外していたので、私は電話を受けてくれた方に事情を話し、折り返しの電話をお願いし、帰宅して意識を失いました。

折り返しの電話は結局かかってきませんでした。

幸運?にもその翌々日が七夕で、短冊にお願い事を書いているうちに気持ちも落ち着き、次の出勤日から仕事に戻ることが出来ました。

大分経ってから、家族より次の心療内科の予約が何日だよ、と告げられ、どうやら無意識のうちに次回の予約をとっていたことに気づかされました。

その診察の際に、仕事が出来なくなった件で電話をしたのに返事もないのはどういうことかと主治医に尋ねましたが、もう一度カウンセラーと話してみることを勧められました。ところがその言葉が、私が私の無意識に閉じ込めた記憶を掘り返してしまったのでしょう、私はすべてを思い出してし発狂し、カウンセリングの予約もとれずに家に帰りました。

彼の写真をみると、カウンセラーの言葉を思い出して辛くなるあまり、そのオペラ歌手の写真が飾ってある自室にも入れないほど落ち込んでしまいました(パソコンももちろん部屋にありましたから、サイト更新の作業もできなくなりました)。いまは部屋を真っ暗にして手探りでパソコンだけ運び出し廊下で書いています。

数日、再び茫然と過ごし、どうにか気持ちを家族に伝えることができました。そこで私が仕事に行っている間に、家族から病院に改めて電話を入れてくれたそうです。

カウンセラーは家族には、私に言った「なんで許したのか」「許さない方がいい」はカウンセリングの一環でそう指導しただけで自分の本心ではない、と話したそうです。また予約を取る以外で病院からの折り返しの連絡はしていないとのことでした。

カウンセリングの予約は本人でないとお受けできないと言われました。

次の日、私は休みだったので予約をとりました。しかしそのカウンセリングは「折り返し電話が来ると待っていたのはあなたの誤解で…」という話からでした。私はそれはそれとして、とりあえず、仕事が出来なくなった件で、励ましや労りの言葉が欲しかったのに…。

それを伝えると「大丈夫でないひとに大丈夫?なんて訊けない。職場でおかした失敗から立ち直るなんて絶対ムリムリ」と失笑されました。確かに…大丈夫でない人に「大丈夫?」と訊けば「大丈夫なわけないでしょ!」の返事が返ってきてことが進まないだろうこともわかります。でも気遣う言葉は他にもきっとあるはず。それより「失敗から立ち直るなんてムリ」と笑われ、辛さは募るばかり。

また予約の電話について、仕事で朝から忙しく、休憩時間中に連絡がつく保証もないので家族にお願いして電話してもらった旨も説明しましたが。

カウンセリングの予約はあなた自身から電話してくださいね。

と再三言われました。人任せにしていると自発的に行動できなくなる、ということをカウンセラーは言いたいようでした。

私が家族にお願いしたのは自分からかけるのが嫌だからではなく、物理的に仕事で電話が出来なくて、できるだけ早く予約を入れてもらいたかったからなのに。仕事に遅れてまで、自分から電話しろということなの?否、今日は医者の予約をするので遅刻します、と職場に電話をいれる勇気と自発性を持ちなさい、ということ?

社会への帰属意識まで毀損きれた気がして、私はカチンときてしまい、「もういいです、私からかけます」と言い捨て部屋を出ました。


そして昨日。たまたま通った地下道に、通っている病院の広告が貼られていて。

A4用紙に一文字ずつでかでかと「社会復帰を手助けします!」と書かれていて。

仕事場から「帰りなさい」と言われてたまらなくなって助けを求めたのに、院内のルールだからと折り返し電話もくれず
仕事があるから自分から電話して予約をするのが難しいと言っても、あなた自身の電話でないとお受けできません、の一点張り
仕事のミスから立ち直るなんて絶対無理と笑う
本当に職場復帰を手助けするつもりなの?
復帰してなにかやらかしたら「立ち直れない」を口実にまた病院へ帰ってきなさい…
そんな風にも思えてしまって。


気持ちをまとめようとここまで書きました。
お盆明けに、主治医同席のもとでカウンセラーと話す機会を設けてもらいました。
できることであれば5年の縁を切ってしまいたい、そんな気持ちしかありません。
そして転院の機会を何度も棒に振った自分がやるせなくてなりません。

2018/08/11(土) | 戯言 | トラックバック(0) | コメント(0)

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